<< 旧館のアラカルト >>
こちらは「音楽旅館」としてスタート致しました旧館でお出しして参りました料理の記録です。
ご意見・ご感想・ご指導等を、どうぞお気軽に新館の「客室(掲示板)」へお寄せ下さい。
なお、本文中に埋め込んである他サイトへのリンクの中には、リンク先サイトが
既に存在しない場合もあります。予めご承知おき下さい。
先月<<
2001年
11月
>>次月

本当にやって来た「ウソコイ」女!
at 2001 11/28 00:40
嘘ではなく、本当にやって来た王菲(ファイ・ウォン)。
大阪⇒東京と四日間で3回のコンサートを疾風の如くこなして行きました。私はその最終日(11/2日本武道館)に行きました。
何とアンコールなしで1時間半、余計なお喋りなしの歌い捲くりでした。凝縮されていたとは言え、ちょっと「あっさり」し過ぎでした。
あっさりしていたのは、バンドの編成にも多少覗えましたが、単にギタリストが一人減って二人だったという程度で、相変わらず大所帯でした。
すなわち、ギター、キーボードが各二人、コーラス三人(以上がステージに向かって右側)、ドラム、ベース、バイオリン、パーカッション(以上が左側)が各一人でした。
ステージ外にマニュピュレーターが居たりして小編成の割には分厚い音を出す英米や日本のアーティストと違い、人海戦術だったところは好感が持てました。
全員が黒尽くめのシンプルな服装だったので、開演前の場内が明るいうちから三々五々ステージに出てきて、楽器をいじっていたりしたのがバンドの連中だとわかった時には、ちょっと拍子抜けしてしまいました。
終演後も場内が明るくなってから退場してました。
ステージは、中央に階段があり、その両側に前述の通りミュージシャンが居て、その背後には大きな電光掲示板があって、それが視覚的演出の要を担っていました。
特に衣装替えの間を、(たぶん)TVドラマ撮影時のオフショットや新譜のプロモーションで来日した際の様子、バンドメンバーの紹介ビデオで上手く繋いでいました。
前回のように客席へ突き出たサプステージは無くて、バンドのメンバーとは対照的に白を基調としたセットでした。
旧式のバリライトを多用した光の演出を妨げない工夫だったと思いました。
今回はアリーナ席の観客も首が疲れることはなかったのではないでしょうか?前回メインとサブの両方にあった高くせり上がる仕掛けは、
(当たり前ですが)メインステージの中央階段の踊り場だけに用意されていましたが、たった1回しか使いませんでした。
シンプルさに油断していると、噴き上げ花火やアリーナいっぱいに銀色のテープが広がったクラッカーには、素直に驚いてしまいました。
ステージのスッキリ感という点では、布を使った視覚効果が大幅に改善されていたことも見逃せません。
前回の吹流しは揺らめく光の柱を作り出して綺麗でしたが、曲が終わった後ステージ上で萎んでいる様は見苦しかった記憶があります。
今回はステージ前面に大きな絹状の布を噴き上げて、揺らめくスクリーンを作り出し、バリライトを当てて幻想的な効果を出していました。
問題は曲が終わった後ですが、ステージの下にクルーが潜んでいたようで、速やかに収納されてしまいました。
さて、フェイの衣装ですが、全部で4パターン披露してくれました。
最初が、馬具を身に着けていない騎手風、あるいは、安全具や工具を外した鳶職風でした。
つまり、上は紺か濃いグレーの半袖のTシャツ、下は足の付け根辺りがボテっと膨らんだパンツでした。
頭には、どうして落ちないのか不思議なほど大きな「折り鶴」の飾りを着けていました。
オープニングは、最初電光掲示板に同様の格好をしたフェイのCGが映し出され、電光掲示板が中央から左右に開くと、本物のフェイが立っているという演出がされていました。
次は、一言で言えばジプシー風でした。丁度フリートウッド・マック時代のスティーヴィー・ニックスのイメージです。
ジプシー風のスカートと、そして何と言っても床に着きそうなくらい大きなショールが、私にはそういう印象を与えました。
この衣装での最初の曲は椎名林檎的な印象のある曲で、レコーディングではイコライザーで作っていたと思われる電話越し風の声を拡声器を使って再現していました。
曲が終わった後、拡声器のスパイラル状のコードがストールに絡まってしまい、クルーが駆けつけて外すというハプニングありました。
フェイが自分で外すのをすぐに諦めて、ステージの袖に待機していたスタッフに助けを求める姿が何とも可愛らしかったのですが、実は初日の大阪公演でも既に起きていたことでした。
さしずめ「あらっ、ヤ〜ダぁ、また絡まっちゃったわよォ」という意思表示だったのでしょう。
三番目の衣装は、・・・・あれは一体どういう作りになっていたのでしょうか?いち早く大阪公演をレポートした方々は
『ダチョウ』と表現していましたが、正確には「黒鳥を抱きかかえたような格好」になる衣装でした。左肩に黒鳥の頭部があって、
腰の部分が胴体になっていました。すらりと伸びたフェイの御足が災いして、確かにどうしても『ダチョウ』に見えてしまいました。
この格好で例の「ピョンピョン」ダンスをしてくれたのは、なぜかキュートで、とっても「お茶目」でした。
ある意味で「北京の松田聖子」的な印象を受けました。
最後の衣装は、古代ギリシャの女性をイメージしたものでした。ギリシャでオリンピックの聖火を太陽光で点火する儀式を司る女性達の衣装です。
衣装に合わせて、裸足で登場しました。女神のように神々しく見えたのは私だけでしょうか?薄い布を纏っただけという感じで、
歩くたびに透けて見える御足に年甲斐も無くドキドキしてしまいました。
そういえば、あの独特のメイクもインパクトがありました。グリーン系のライトが当たると、目の下の部分=鼻とその両脇に帯状にピンク系の色が
浮び上がるようになっていました。衣装もメイクも奇抜なのに、違和感が無いのは、流石でした。
肝心の演唱曲目ですが、初日の大阪公演が24曲、2日目の東京公演が22曲、最終日は21曲でした。
あちこち検索して回って東京公演の曲目が分かりましたので、以下に掲載します。( )内は収録アルバムのタイトルです。
1.我願意(迷) 2.再見蛍火蟲(寓言) 3.悶(王菲) 4.矜持(天空)
5.半途而廃(唱遊) 6.只愛陌生人(只愛陌生人) −−衣装替え−− 7.開到茶靡(只愛陌生人)
8.過眼雲煙(只愛陌生人) 9.流浪的紅舞鞋(王菲・光の翼) 10.新房客(寓言)
11.香奈儿(寓言) −−衣装替え−− 12.感情生活(唱遊) 13.〔才争〕脱(天空)
14.推翻(只愛陌生人) 15.但願人長久(菲靡靡之音) 16.天空(天空)
17.セパレイト・ウェイズ 18.天使(天空) −−衣装替え−− 19.Eyes On Me
20.Thank You For Hearing Me(Sinead O'Connorのアルバム“Universal Mother”) 21.人間(王菲)
※演奏曲目まで「あっさり」していたとは、ちょっとヒドイのでは?(このレポートも、もっとあっさりしていた方がイイって?・・・どうもすんまそん(^^ゞ)
|

アビー・ロード 〜 ビートルズ・トリビュート・コンサート
at 2001 11/18 17:48
特にチャリティ・イベントというわけではなかったのですが、如何にもそれっぽい感じの意外な顔ぶれによるユニークなコンサートが行われました。
東京が2日連続で、1日オフがあって、大阪⇒福岡⇒名古屋の三連荘という強行日程でしたが、皆さん最終日(つまり今日)まで持ち応えたようです。
私は、東京公演の2日目(11/10 東京厚生年金会館)に行きました。
このイベントの発起人はアラン・パーソンズです。それしか分かりません。何がキッカケでこういう企画が生まれたのか?
どういういきさつでこういうメンツが揃ったのか?恥ずかしながら、圧倒的な情報収集力不足で分かりません。
というか、私にとって実は余り重要ではありませんでした。
アラン・パーソンズとトッド・ラングレンという、英米の全くタイプの違うミュージック・クリエイターの共演というだけで、十分興味が湧きました。
その上、ハートのアン・ウィルソンとザ・フーのジョン・エントウィッスルという更なる意外性が加わったのですから、後悔覚悟で一度は見ておこうと思ったわけです。
チケットをプロモーターに直接申し込んでから分かったことなのですが、6/15〜7/28の間に29都市で32公演のアメリカ・ツアーを行っていました。
その様子が分かるにつれて、期待は膨らむばかりでした。向こうでは、2部構成で、正味2時間半、第一部が各自の持ち歌の披露で、
第二部がビートルズ・ナンバーの音パレードというものでした。
日本公演は下記(かなり先)の通り、第一部を思いっ切り圧縮して、休憩無しの2時間足らずに短縮されていました。
正直なところ、第一部にも大いに期待していたのでガッカリでしたが、かえって『看板に偽り無し』な内容になりました。
<<ビートルズ・トリビュート・バンド(?)の布陣>>
♪看板アーティストの部 ・アラン・パーソンズ: acoustic guitar,keyboard,percussion,vocals
・トッド・ラングレン: vocals,electric acoustic guitar,tambourin
・ジョン・エントウィッスル: electric bass ・アン・ウィルソン: vocals
♪サポート・ミュージシャン(?)の部 ・デイヴィッド・パック(アンブロージア): vocals,electric guitar,keyboard
・ジョン・ベック(アラン・パーソンズ・“ライブ”・プロジェクト): keyboard,percussion,chorus
・ゴッドフリー・タウンゼンド(ジョン・エントウィッスル・バンド): electric guitar,vocals
・スティーヴ・ラウンゴ(ジョン・エントウィッスル・バンド): drums,whiteboard!
ステージに向かって右端がパーソンズ、左端がエントウィッスル、センターにラングレン、その両脇にパック(右)とウィルソン(左)、その後方に右から左へベック、ラウンゴ、タウンゼンドというのが、大雑把な配置でした。
パーソンズの後ろにもう一台キーボードが用意されていて、主にパーソンズとパックが使っていました。
視覚的に異彩を放っていたのは、ラングレンでした。とにかく派手な衣装で、上下とも(あるいは上下一体の)カラフルな迷彩柄の服に身を包み、4年前の来日時よりもスリムになった姿は、『昔のイメージで出ています』といった感じでした。
さらに、大袈裟なアクションやコミカルなジェスチャーで“Fool On The Stage”に徹していました。
真っ白な燕尾服のような衣装のヘベレケ男(?)ジョン・ベックとの息もピッタリなタンバリン・プレイは、ある意味ではアン・ウィルソンの熱唱を、ひいてはマッカートニーのソロ曲を台無しにしていました。
ゼンマイ仕掛けの玩具のようにコミカルな動きと表情には思わず笑い転げて、歌の方は疎かになってしまいました。
対照的に暗くて不気味(?)だったのが、パーソンズでした。しかし、ビートルズのレコーディングに実際に立ち会っていたという経験に裏打ちされた解説は、
よく聞き取れませんでしたが、マリア様の囁きのように“Words Of Wisdom”を感じました。
自身のギター伴奏で初めて歌って聞かせてくれた“Blackbird”は、色々な意味でドキドキハラハラものでした。
声質は、容姿とは対照的にマイルドで、とても素敵でした。
エントウィッスルは、華麗なベース・プレイをタップリ見せてくれましたが、演奏中に時々ステージの袖や機材の後に隠れてしまったのは、なぜだったのでしょう?
ウィルソンは体格も声量も凄かったです。私の席からほんの3−4m先で歌っていたので、声を張り上げると直接肉声が聞こえて来ることもありました。
と言っても、ゴッドフリー・タウンゼンドがThe Whoの曲でボーカルを取ったときにも、時々肉声が聞こえました。
そのときだけはウィルソンのスタンド・マイクを使ったからです。
デイヴィッド・パックは、下記のセットリストをご覧頂ければお判りのように、サポート扱いでは可哀相なくらい重要な役割を担っていました。
もし彼が来なかったら、日本公演は成立したのでしょうか?その場合は、ニール・ロックウッドを連れてきたことでしょう。(笑)
よく考えたら、ショーのオープニング曲はアンブロージアがカバー・ヒットさせていましたから、適任中の適任だった言えます。
声質を考慮すれば、“Eye In The Sky”よりも“Games People Play”をやって欲しかったと思いました。(アメリカ公演では両方ともやったようです。)
スティーヴ・ラウンゴは、アメリカ公演のセットリストでは1曲リード・ボーカルを取らせてもらっていたようです。
残念ながら、日本公演では歌の出番はありませんでした。代わりに、“HEY!”と書かれた「ホワイトボード」を持って、
ドラムセットの後に控えていて、観客へCUE出しをしてくれました。
これに限らず、出演者自身も楽しみながら、観客を楽しませようとする姿勢が、随所で見受けられました。
そうした諸々の配慮は“Hey Jude”での大合唱に結実したと思います。
<<東京公演2日目(11/10)のセットリスト>>
1.Magical Mystery Tour (Pack) 2.Sirius/Eye In The Sky (Pack − Alan Parsons Project)
3.Barracuda (Wilson − Heart) 4.Hello It's Me (Rundgren − Todd Rundgren)
5.Biggest Part of Me (Pack − Ambrosia) 6.The Real Me (Townsend − The Who)
7.Back In The U.S.S.R. (Rundgren 〜 Pack) 8.Lady Madonna (Rundgren)
9.I'm Down (Wilson) 10.Fool On The Hill (Pack)
11.While My Guitar Gently Weeps (Rundgren) 12.Yesterday (Pack)
13.Here Comes The Sun (Townsend) 14.Lucy In The Sky With Diamonds (Pack)
15.You've Got To Hide Your Love Away (Rundgren: solo with a little help from Loungo)
16.Maybe I'm Amazed (Wilson − Paul McCartney) 17.Rain (Rundgren)
18.Blackbird (Parsons: solo) 19.Everybody's Got Something To Hide Except Me And My Monkey (Wilson)
20.Revolution (Rundgren) 21.Day Tripper (Pack & Rundgren) 22.Ticket To Ride (Rundgren)
23.I Want To Hold Your Hand (Rundgren & Pack) 24.Hey Jude (Wilson)
== アンコール == 25.Birthday (all) 26.Golden Slumbers/Carry That Weight/The End (Wilson/all/all)
※曲名(リード・ボーカリスト − ビートルズ・ナンバー以外のオリジナル・アーティスト)
ラングレンとパックのハモリ具合が実に心地良く、ユートピアでのラングレンとカシム・サルトンを思い浮かべました。
これにウィルソンのコーラスが上手く乗ると圧巻だったのですが、席が前過ぎたのが仇になってそれぞれ異なる方向から聞こえてきて妙な気分でした。
そもそもラングレンとパックのボーカルが実際に立っているのとは逆方向から聞こえてくるような席位置だったのです。
最前列だったのだから、贅沢な不満ですね。
持ち歌のパートでは、Barracudaの迫力に圧倒され気味でしたが、個人的に一番ジ〜ンと来たのはBiggest Part Of Meでした。
前回パック自身のボーカルで聞いたのは、デイヴィッド・ベノワのライブでした。
このときはコーラスをベノワのキーボードが代行したため、嬉しかった反面、物足りなかったのも事実でした。
今回はアンブロージアとは一味違うコーラスでしたが、“sunrise”と来た瞬間ゾクゾクっとしました。
中盤のハイライトは“While My Guitar Gently Weeps”でした。ラングレンはクラプトンのギター・ソロを忠実に再現しようと迫真のプレイでした。
続く“Yesterday”は本日限りのサービスだったようです。この日はフジテレビがビデオ撮りをしていたからです。ただし、放送予定は未定のようでした。
ドサクサに紛れて(?)ラングレンだけは自分のアルバム収録曲をもう一曲やり、発起人のハラハラドキドキ・ソロの後、
クライマックスに突入でしたが、アメリカ公演スタート時のセットリストとは随分違っていました。
“Get Back”、“Hey Bulldog”、“Let It Be”等と差し替えられたのが、21〜23曲目です。ウィルソン&パックによる
“Let It Be”だけは聞いてみたかったです。ちなみに、6/24のセットリストでは、既に日本公演と同じになっていました。
アンコールでは「今日は私の誕生日」と嘘でもアピールすれば、ウィルソンが貴方のために歌ってくれたはずです。
そして、ツアー・タイトルにふさわしく、アルバム『アビー・ロード』のメドレー後半を演奏して終演となりました。
会場の外へ出たら、雨はすっかり上がっていて、コンサートの後の爽快感を象徴してるようでした。久しぶりでイイ汗かきました。
|

謎の音楽プロジェクト “-nook-”
at 2001 11/17 21:54
以前、当館のお得意様puffpuffさんのグループ“Kenaf”の自主制作CDを購入したことがありますが、今回は「同窓生ツナガリ」のCDを購入しました。
同窓生であって、同級生ではなかった。だから、当時は全く交流が無く、お互いに卒業アルバムを見て「コイツかあ〜」と認識できる程度(^^ゞ・・・・つまり、卒業から20年以上経って「はじめまして」の関係なんです、実は。
先月の同窓会でゴスペル・フィーリング溢れる声量豊かな歌声にイタク感動して、CD購入に至ったのです。ただし、このCDではコンセプトに合わせて、歌い方を変えています。
アルバム・タイトルは『時の声』。プロジェクト名は“-nook-”(ヌーク)と言って、伊集院彦蔵氏とMikako
Kawataの二人によるユニットです。
私が下手な解説をするよりも、CDに貼付してある紹介文の方が、的確かつ簡潔に説明していますので、以下に引用します。
−−ロック、ジャズ、クラシック、プログレ、チェンバー、癒し系−−様々な要素を散りばめた-nook-独特の音の集合体。これが-nook-/時の声です。その旋律はやさしく、悲しく、時に妖しく・・・それは-nook-だけのもの。さあ、思い出と現実の間に揺れる心の旅に-nook-と一緒に出かけてみませんか。
|

Songs In The Far East Elton John & His
Band : Live In Tokyo
at 2001 11/20 00:10
“Elton John & His
Band”の東京公演(日本武道館)に2日(11/13&15)とも行って来ました。 なぜ“& His
Band”なのか?まずは、バンドのメンバーと演奏曲目をご覧下さい。
≪musicians≫ Elton John −
vocal,piano Davey Johnstone −
guitar,mandolin,banjo,chorus (musical director) Nigel Olsson − drums,chorus Guy Babylon − keyboards Bob Birch − bass,chorus John Mahon −
percussion,chorus
≪songs≫ 1.Funeral For A Friend〜Love Lies Bleeding
(Goodbye Yellow Brick Road 1973) 2.Someone
Saved My Life Tonight (Captain Fantastic & the Brown Dirt
Cowboy 1975) 3.Bennie And The Jets
(Goodbye Yellow Brick Road 1973) 4.Philadelphia
Freedom (released as single 1975) 5.Ballad Of The Boy With Red Shoes (Songs from
the West Coast 2001) 6.The Wasteland
(Songs from the West Coast 2001) 7.Rocket
Man (Honky Chateau 1972) 8.Daniel (Don’t Shoot Me,I’m Only A Piano Player
1973) 9.I Guess That's Why They Call It The
Blues (Too Low for Zero 1983) 10.This
Train Don't Stop There Anymore (Songs from the West Coast
2001) 11.(Gotta Get A) Meal Ticket
(Captain Fantastic & the Brown Dirt Cowboy 1975)* 12.I Want Love (Songs from the West Coast
2001) 13.Birds (Songs from the West
Coast 2001) 14.Country Comfort
(Tumbleweed Connection 1970)* 15.Take Me To The
Pilot (Elton John 1970) (メンバー紹介) 16.Mona Lisas And Mad Hatters (Honky Chateau
1972) 17.Holiday Inn (Madman across
the Water 1971)* 18.Tiny Dancer
(Madman across the Water 1971) 19.Levon (Madman across the Water
1971)* 20.American Triangle (Songs
from the West Coast 2001)* 21.Original
Sin (Songs from the West Coast 2001) 22.I'm Still Standing (Too Low for Zero
1983) 23.The Bitch Is Back (Caribou
1974) 24.Saturday Night's Alright (For
Fighting) (Goodbye Yellow Brick Road 1973) 【 ENCORE 1
】 25.Your Song (Elton John
1970) 26.Crocodile Rock (Don’t Shoot
Me,I’m Only A Piano Player 1973) 【 ENCORE 2 】 27.Don't Let The Sun Go Down On Me (Caribou
1974)* 28.Candle In The Wind (original
lyrics) (Goodbye Yellow Brick Road 1973)*
*:songs
performed only in
Tokyo
ニュー・アルバムから7曲、90年代の作品は0曲、80年代は2曲、残りはすべて70年代、それも初ヒットの“Your
Song”以降、人気絶頂の75年までの作品で占められていました。例の封印してしまった「ギガヒット」は当然としても、90年代のエルトンを象徴する『ライオン・キング』の曲すらやりませんでした。思いっきり偏った選曲に往年のファンは狂喜乱舞でしたが、そうでない方々はどう思ったことでしょうか?
やはり、全盛期を支えたメンバー2人(名前が緑色の人)が揃ったら、こうならざるを得ないでしょう。残念ながら、ベーシストのDee
Murrayが他界してしまったので、フル・ラインアップは望みようもありませんが、この2人が演奏のみならずコーラスに加わると、さすがに冷静では居られませんでした。過去の名曲があの頃の瑞々しさを湛えたまま蘇って来ました。これこそ私が20数年間待ち望んでいたものでした。
来日に先駆けて、ファースト・アルバム「エンプティ・スカイ」から「ロック・オブ・ザ・ウェスティーズ」までの初期11作がペーパー・スリーブ仕様で再発になったのは、ライブの内容の予告だったのかもしれません。
エルトン・ジョン本人も日毎に上機嫌になり、最終日には最前列のファンにサインの大サービスをするほどでした。ステージ中央付近の最前列に陣取ったBlue
Avenueの皆さんの人一倍熱心な声援のおかげですから、相応の恩恵に与れて当然でしょう。何しろ、大人しい日本の観客のリアクションがご不満なエルトンは、東京以外の公演は手抜きと取られても仕方が無いライブをするのが、熱心なファンの間では周知のこととなっているそうです。
今回の大阪公演も、はじめからその夜のうちに東京へトンボ帰りという日程だったため、本編6曲がはじめからセットリストになかった上、“Crocodile
Rock”での観客のコーラスに幻滅したのか、2度目のアンコールには応えなかったそうです。実際には“Mona Lisas And Mad
Hatters”だけはやったそうですが、東京公演の4分の3に短縮されてしまったのは余りにも酷すぎると思いました。
それにしても、アルコールや薬物への過度の依存から立ち直ったエルトンは、本当にエネルギッシュでした。東京公演は両日とも2時間40分余りに及ぶ長丁場でしたが、疲れを見せるどころか、ピアノの上に足をかけたり、寝そべったり、ピアノを弾きながら大袈裟に仰け反って笑顔を振り撒いたり、最終日にはピアノを弾きながら立ち上がり、座っていた椅子を後ろへ足蹴りするというご機嫌ぶりでした。(゚-゚)
序盤の“Bennie
& the Jets”や“Philadelphia Freedom”では周りの皆さんに遠慮していましたが、終盤の“I’m Still
Standing”では堪らずに立ち上がってしまいました。あとはもう、すっかり舞い上がってしまったエルトン狂でした。(^^ゞ
地域格差という波紋を投げかけたとは言え、54歳とは思えない素晴らしいパフォーマンスを披露してくれたエルトン卿に、私は素直に感謝します。ありがとう!(また来てね!(^_-))
|

クラシックはお好き? パートW Air Bleu
(青の余白)/高木綾子
at 2001 11/30 18:02
昨年のデビューから一年半少々で、早くも6作目の登場である。クラシックとポピュラーを見事に吹き分けて見せた昨年とは打って変わって、フルート奏者としての本来の分野に全力投球した作品が続いているが、ここではついにフルート1本でどれだけ多彩な音世界が描けるかに挑戦している。
これは、私が昨年彼女のリサイタルを聞いてから切望していたことであり、私の過剰な期待を裏切らない作品の登場は我事のように嬉しい。
冒頭から10分の大作である。映画「めぐり逢う朝」(1991)でジェラール・ドパルデューが演じていた17世紀の宮廷楽士マラン・マレの作品だそうだ。
以下、クラシックには詳しくない私にとっては、見覚えのある作曲家の馴染みのない曲が続くが、予備知識無しに聞き流しているだけで十分心地良い。
目を閉じて聞き入ると、意識したわけではないのに、精神統一を図ったように気持ちがシャキッと引き締まる。
いや、1曲だけで既にCDで持っている曲があった。アルバム・タイトル曲ともいえる故・武満 徹の“AIR”だ。
CDの会員制通販システムで編纂した追悼アルバムだったが、その中ではとても地味な印象だったので、ほとんど忘れかけていた。
このCDは9月に発売されたのだが、発売されたことを知ったのは10月に入ってからだった。
ようやくCDを買ったのが11月初めということで、相次ぐコンサート評のため今頃になってしまった。
各地でリサイタルを開いているようだが、インストア・イベントすら逃してしまい、このCDを聞くたびに悔やまれる。
|

George Harrison 逝く
at 2001 11/30 23:48
とうとうジョージが逝ってしまった。菜食主義者として知られていたジョージが・・・・一番長生きすると思っていたのに、こんなに早く逝ってしまうとは、何という皮肉だろう!
ガンと戦いながらリリースした“All Things Must Pass”の30周年記念盤が遺作となってしまった。最初は、オリジナルに色々と
手を加えたことが気に喰わなかったが、徐々にその真意が分かってくると、ジョージの物静かな人柄に一層親しみが沸いてきた。
折りしも、先日のビートルズ・トリビュート・コンサートで印象的だった曲は、ジョージ作の“Here Comes The Sun”と“While My Guitar Gently Weeps”だった。
特に後者でのトッド・ラングレンの白熱のギター・ソロは、実はジョージの回復を願ってのものだったのかもしれない。
今にして思うと、ジョージは自分の人生にあのリニューアル版を以ってキッチリけじめをつけて、この世を去っていたような気がする。(合掌)
|
